「愚かさに気づく」
2025年1月
正か邪か、善か悪か、損か得か。宗教、民族、人種、国によって判断基準が異なり、諍いを生み出す。そして、最後は暴力で相手を抑え込むー今、世界中でそのようなことが起きている。高度な文明社会を作り上げてきた人間の知恵は、ひとたび争いが起こると己を正当化するために使われ、互いに傷つけあう。
人知を超えた仏様の光は、人間の愚かさを照らし出す。故に法然上人は、自らを「愚痴の法然房」といい、親鷺聖人もまた「愚禿親鸞」と名告られた。二人の宗祖は自らを「愚かなる者」としたのである。人知の闇に気付かぬ限り、争いの世界から抜け出すことはできない。仏様の智慧の光が我々の心に届くことを念じておられるのである。
